実録!本当にあったバーで飲み逃げされた話

飲み逃げされた画 bar

事件当日

近所の買い物から戻ると、その男はカウンターの一番端、入口側の席に座っていた。
スーパーのビニール袋を2、3袋足元に置いていて、瓶がいくつか入っているのが見える。

男は初めての来店。
確か19時半頃だったと思う。

最初の一杯はスタッフが作ったマティーニだったのを覚えている。

わりと酒が詳しい風だったので、自分が接客をすることに。

男は気前よく、一緒に飲もうと私とスタッフに酒をごちそうしてくれる。

話をしていると、話す内容は常識人。
酒やバーもそこそこ知っているよう。

クラシックやジャズ、タンゴの話なんかもして音楽にも詳しい。

途中その男の貸切になると「こういう時は飲まなきゃさ」と、私とスタッフに再度ごちそうしてくれる。
話し相手をしていると、さらにごちそうしてくれた。

誤解のないよう言っておくと、うちは自分からドリンクをねだることは一切ないし、空のグラスにくちづけしておかわりを物欲しそうにするわけでもない。

なかなか気の利く、気前のいい男だと思った。
男はいろいろ飲んでいた気がするが、覚えているのはワイルドターキー8年とファイティングコック。
「酒は結構飲めるんだなー」といった印象。

しかし、深夜一時をまわった頃からだろうか、ぱったりと飲むペースも落ち着く。

「そこそこ飲んでるしな」と思った。(バーとしては十分長居である)

三時をまわった頃だろうか。男は椅子に掛けていた自身のジャケットを着る。
その日の気温は覚えていないが、写真を見ると6月中旬であることがわかる。

私は「寒いですか?」と聞いた。
男は「いやいや、大丈夫大丈夫」と答える。

ぼちぼち他のお客様もいらしていたので、酒を作ったり、他で接客をしたり裏へ行ったりとバタバタしていると、スタッフが「ちょっといいですか?」と、カウンター下へしゃがんで促してきた。

「どうした?」と聞くと
「あいつなんか怪しいっすよ、帰りそうっす」

よく見ると、荷物をまとめ、確かに帰り支度を進めている。

帰り支度を済ませてからお会計をするお客さんもたくさんいるので様子を伺うが、一向に声を掛けてこない。

表現しがたい、どことなくそわそわとした雰囲気。
私自身過去に経験があったわけではないが、確かに帰りそう。

「ちょっと裏行ってみるか」と入口に鍵を掛け、スタッフと共にバックヤードに行ってみる。
出入り口に目が届く店員が誰もいない状況だ。

裏に行ってすぐ「ガタガタ」と、鍵のかかった扉の音が聞こえた。
表に戻ると入り口前に男は立っている。

私は「お帰りですか?」と尋ねる。
男「あ、おぁ」

我ながら白々しいが「ありがとうございます。ではお会計をお出ししますので少々お待ちください」
このあたりから完全に男は完全に挙動不審。

「どうもありがとうございます。お会計~円になります」計算を済ませた私は扉の前で待つ男に伝票を渡す。

ポケットから裸の現金を取り出した男は「4千円しかない」と言う。

明確に覚えてはいないが、確か代金は16000円代。
すんなり会計が終わる気はしない…

クレジットカードが使えることを伝えるが、クレジットカードは持っていない。
「近くのコンビニにATMもありますが…」
「いや、カードも、下ろす金もない」
時刻は朝4時過ぎ。常連の2人組と、1人の常連が残っていた。

途中、この男は1人の常連と盛り上がっていたのだが、男は驚くべきことを言い出す。

「お前また飲みましょうってさっき言ったよなぁ。俺とまた飲みたいんだったらお前が払え」と言ったのだ。
驚く常連、呆れる私。

なんじゃそりゃ。ちょっと笑える。

「電話して持ってきてもらえたりしないんですか?」と聞くが、携帯も無いと言う。
電話ぐらい貸すし、もはや何を言っても無駄なんだろうとは思ったが、どう代替案を出すも応じることは出来ないという。

警察を呼んだところでどうなるかはなんとなくわかるが「とりあえず警察呼びます」と男に告げる。
「お願いです!それだけは勘弁してください!二週間後に必ず払います!二週間後にお金入るんです!信じてください!」
身分証も電話も、身寄りも何もない男の何を信じれば良いと言うのだろう。

とりあえず警察に来てもらう。

来てくれた警察は三人。
ひとまず事情聴取がはじまる。

名は松尾ゆうじ(自称)、歳は50(自称)、生活保護を受けているようだ。
身分証は無く、男の情報が本当かどうかはわからない。

次いで松尾の所持品検査がはじまる。
下のポケットからも上のポケットからも、グシャグシャに丸められたティッシュやレシート、セロハンのようなゴミばかりが出てくる。
そしてその中に埋もれ、なぜか裸の印鑑。

松尾が足元に置いていたスーパーのビニール袋の中身は、飲みかけのワインと空のワインの瓶。

警察が松尾のジャケットを調べていると、妙な点に探りを入れる。
肩の縫い口がほつれていたのを「これどうしたの?」
松尾「お母さんに縫ってもらった」
警察「お母さんいるの?」
松尾「20年くらい前に縫ってもらった」

なんとも言えない感情が私にこみ上げる。

そんな事情聴取ののち、スタッフと二人の警察を残し、警察の一人に「ちょっといいですか?」と私は店外へ促される。
会話が松尾に聞こえないようにした上で説明を受ける。

警察の方から頂いた提案はこうだ。

①警察が立ち会い、見ているなかで、一筆書かせて心理的拘束を図り松尾を信じて待つこと。
オブラートに包んだ泣き寝入り。

②「初めから飲み逃げをするつもりだったのであれば」ということに絞り被害届を提出し松尾を詐欺罪で逮捕することも不可能ではないが、そのために何度か警察署に出向いたり時間を拘束されたりするのはとても大変ですよ、ということ。
オブラートに包んだ泣き寝入りパートⅡ。

飲み逃げされた経験がある方は知っているだろう。
こんな時のために予習していた方もご存じかも知れないが、結局警察に来てもらってもどうすることもないのだ。

うすうす感じていたことに納得する。
幸い飲まれた酒は原価の安い酒ばかり。

結局被害届は出さず、松尾の手持ちの4000円を頂戴したのち、残りの代金12000円ほどは松尾を信じて待つことにした。

書面に住所氏名、宣誓(いつ、いくら払う)ゴミ屑に埋もれていた謎の印鑑【松尾】を記してもらう。

警察に「ほら、謝って」と促され「どうも!すみませんでしたあ!!」とやたら大きな声で謝罪を受け、謝ってすんだのに警察は要るという状況にて終了。

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